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浦和地方裁判所 昭和53年(ワ)543号 判決 1980年10月15日

原告

大和ハウス工業株式会社

右代表者

石橋殾一

右訴訟代理人

原則雄

被告

星野和子

外二名

右三名訴訟代理人

角田義一

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは各自、原告に対し、金一九九万円及びこれに対する昭和五二年三月二七日から完済までの日歩五銭の割合による金銭の支払をせよ。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五〇年一二月三日、星野元吉との間に、原告を請負人、元吉を注文者とする左記の内容の建築工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

(一) 工事名 ダイワハウスニュー春日八一〇―五〇八型、オリジナル仕様

(二) 構造 軽量鉄骨造カラーベスト葺二階建一棟

(三) 工事場所 被告ら肩書住所

(四) 請負金額 八三二万七〇〇〇円

(五) 工期 確認申請許可後着工、七五日後完成

(六) 支払方法

(イ) 契約時 二〇万円

(ロ) 着工前 一一二万七〇〇〇円

(ハ) 残金七〇〇万円は、原告の提携住宅ローン「ぐんぎん大和ハウス・ホームローン(以下「群銀ローン」という。)」による株式会社群馬銀行の融資実行時に一時払

(七) 損害金 日歩五銭

2  その後、原告と元吉間において、本件請負契約について、追加工事を代金四〇万五四〇〇円で請負い、本体工事の変更に伴う値引金を二三万三七〇〇円とし、右追加代金との差額一七万一七〇〇円を工事完成時に支払う旨の合意が成立した。

3  原告は、昭和五一年一一月二二日、本件請負契約に基づく工事に着手し、昭和五二年二月一〇日、その建物(以下「本件建物」という。)を完成し、同月二八日、これを元吉に引渡した。

4  元吉は1、2の工事代金合計八四九万八七〇〇円について、契約時に二〇万円、昭和五一年一一月一九日に一八九万三三〇〇円、昭和五二年二月二八日に四三万五四〇〇円を支払つたので、残代金は五九七万円となつた。

5  原告と元吉間において、昭和五二年三月一五日、右残代金について、元吉が同月一七日群馬銀行との間に群銀ローンによる融資契約を締結して、同月二六日これに基づく借入をしたうえ、同日原告に支払う旨の合意が成立したところ、元吉が同月一七日急死したため、右融資契約は成立するに至らなかつた。

6  被告らは、元吉の共同相続人であり、同人の権利義務を各三分の一の割合によつて相続した。

7  よつて、原告は、被告ら各自に対し、残代金の三分一である一九九万円及びこれに対する支払期日の翌日である昭和五二年三月二七日から完済までの日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2のうち、差額支払の時期は否認するが、その余の事実を認める。

3  同3の事実は、引渡日を除いて認める。本件建物が引渡されたのは昭和五二年二月一〇日である。

4  同4の事実は、四三万五四〇〇円の支払日を除いて認める。右金銭を支払つたのは昭和五二年二月二二日である。

5  同5の事実のうち、元吉が昭和五二年三月一七日に死亡したことは認めるが、その余は否認する。

6  同6の事実を認める。

三  抗弁

1  信義則違反

(一) 原告の担当職員は、本件請負契約締結に際して、元吉に対し、請負代金の支払方法について、原告のいわゆる提携ローンを利用すれば、生命保険付であるから、万一元吉が死亡しても、被告らに一切負担をかける心配がない、ローン利用の事務手続も一切原告において代行する等述べて、その利用を勧めたので、これに応じて、元吉は、自己資金で支払う部分を除く残代金について、生命保険付の群銀ローンによる融資を受けることとし、これについて必要な事務手続の代行を原告に委託した。

(二) 一般に、住宅を新築し、あるいは購入しようとする注文者側にとつては、建設業者等の提携ローンは、金融機関の不案内に対する不安を解消し、非提携住宅ローンを利用する場合における手続上のわずらわしさを解消してくれることにメリットが存在するのであり、逆に、業者側にとつては、右のような注文者側のメリットを活用して販売促進をはかり、かつ、代金の早期、確実な支払の確保をはかろうとする商業的戦略の中に位置付けられているものであつて、業者によるローン手続事務代行は、提携ローンの基本要素そのものというべきであつて、注文者側にとつては、非提携住宅ローンと提携ローンとの違いは右のこと以外には存在しない。このように、業者による注文者のためのローン手続事務代行は、提携ローンの仕組そのものに由来するものであつて、注文者が業者の提携ローンを利用しようとする以上、両者間においては、右事務代行の委託関係が当然の前提とされているのである。

(三) また、住宅の新築、購入に際して注文者がその代金支払に住宅ローンを利用するのは、その融資を受けられなければ代金の即時全額支払が不可能なためであつて、しかも、住宅ローンに必ず生命保険が付されているのは、一般サラリーマン家庭の多くが、注文者以外の者に多額の債務負担能力がないため、注文者が死亡した場合においても、付された生命保険によつて住宅ローンの債務負担がその相続人に及ばないようにすることによつて、注文者が安心して住宅の新築、購入をはかれるようにするためである。したがつて、工事請負契約締結に際して注文者から提携ローンによる融資のための事務手続を委託された建設業者としては、おそくとも注文者が建物建設に伴う債務を負担する時期である建物引渡時までには、提携ローンに付された生命保険が発効して、注文者の債務負担と生命保険の発効との間に間隙を生じさせないように、融資事務手続を進行させる義務を負つている。

(四) 群銀ローン用の金銭消費貸借契約証書によると、

1 借主は、群馬銀行が指定した生命保険会社と同銀行との間に締結された同銀行を保険契約者とし、借主を被保険者とする団体信用生命保険契約の団体に所属し、その契約に加入することに同意し(第二条一項)、生命保険契約額は借入相当額とし、保険料は同銀行の負担とされ、保険契約額は、借入金の弁済により漸次減額され、常に債務残額と同額となる(同三項)。

2 そして、右団体信用生命保険契約に基づき、生命保険会社から死亡保険金の支払いがあるときは、群馬銀行を受取人とし(第二条四項)、同銀行が保険金を受領したときは、債務の期限のいかんにかかわらず、借主の同銀行に対する債務の弁済に充当される(同五項)ことになつている。

したがつて、元吉が原告の提携先である群馬銀行から融資を受けるについての必要な一切の事務手続の代行を委託されていた原告が、委託の本旨に従い、本件工事着工前までに右事務手続を完了させ、おそくとも原告が元吉に対し本件建物の引渡をする前に融資実行が完了していたならば、元吉の死亡前に、群馬銀行の融資実行によつて元吉の原告に対する本件工事代金債務は完済されていたはずであり、群馬銀行に対する元吉の融資金債務は、その後の同人の死亡により、融資金と同額の死亡保険金を同銀行が保険会社から受領し、これが融資金債務に充当されることによつて、本件建物の建築に関連する一切の債務は、元吉の相続人である被告らに対しては残存するはずがなかつた。

(五) ところが、原告は、本件建物の完成引渡の後である昭和五二年二月二一日になつてようやく、保証保険会社である共栄火災海上保険相互会社に対し、保証保険証券の作成を依頼し、同月二八日保険料となるべきローン利用料を納入し、同年三月一四日右証券の送付を受けただけであり、建物引渡までに融資実行となるように事務手続を進行させていなかつたから、原告が義務の履行を懈怠したことは明らかである。

(六) 仮に、原告主張のように、融資実行には建物の保存登記及び抵当権設定登記が前提条件となるとしても、右登記手続事務を担当しているのも原告であり、しかも、本件建物についての右登記は、建物の完成した昭和五二年二月一〇日には可能な状態になつていたのに、元吉の死亡した同年三月一七日においても、原告は、その登記手続に着手さえしていなかつたから、この点においても一方的な義務懈怠があつた。そして、仮に、元吉が同年二月一七日に借入申込書等の必要書類を原告に提出したため、融資のための事務手続が遅れたとしても、元吉は、それまで、原告の指示に従つてその都度忠実に書類を提出していたから、事務手続の遅れは、原告の指示自体がすでに遅れていた結果であつて、原告の懈怠を示す以外の何ものでもない。

(七) また、建物の完成引渡後、保存登記、抵当権設定登記を行なつたうえでなければ融資実行が行なわれず、群銀ローンに付された生命保険も発効しないものとするならば、建物の完成引渡から融資実行までの間に注文者が死亡した場合には、その相続人が代金債務を負わざるをえないこととなるから、原告としては、元吉及び被告らに対し、少なくとも、群銀ローンにはそのような危険が存在することをあらかじめ了知させておくことが信義則上の義務であるというべきである。ところが、原告は、一般的な文言等によつても、このような危険を了知させたことはなく、かえつて、元吉あるいは被告らに対し、万一元吉が死亡した場合にも被告らが残代金債務を負担する心配はないと述べて、前記のような危険が存在することを否定して、元吉と本件請負契約を締結しているのである。

したがつて、自己の義務を懈怠し、群銀ローンに存在する危険性を元吉あるいは被告らに告知しなかつた原告が本件請負代金の請求をすることは、信義則に反し、権利の濫用であつて、許されない。

2  本件請負契約の当然解除(予備的主張)

本件請負契約には、注文者が原告提携の金融機関の融資を受けて請負代金の一部に充当する場合において、金融機関から融資を受けられなかつたときは、本契約は当然解除されたものとするとの条項があるところ、元吉は、原告提携の金融機関である群馬銀行の融資を受けられなかつたから、右条項に該当し、本件請負契約は、当然に解除されたことになる。

したがつて、本件請負契約に基づく原告の請求は失当である。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1(一)のうち、原告の担当職員が本件請負契約締結に際して元吉に対し原告の提携ローンである群銀ローンの利用を勧めたこと、元吉が自己資金で支払う部分を除く残代金の支払のために生命保険付の群銀ローンによる融資を受けることにしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同1(二)、(三)は争う。

3  同1(四)のうち被告ら主張の契約証書にその主張のような条項があることは認めるが、その余は争う。

4  同1(五)のうち昭和五二年二月二一日から同年三月一四日までの間に被告ら主張の手続が行なわれたことは認めるが、その余は否認する。

5  同1(六)、(七)は争う。

6  同2のうち、本件請負契約に被告ら主張の条項があること及び元吉が原告提携の金融機関である群馬銀行の融資を受けられなかつたことは認めるが、その余は争う。右条項は、本件のように、すでに工事に着工した場合には適用されないものと解すべきである。

五  原告の反論

1  原告の提携ローンにおける融資手続の実態は、次のとおりである。

(一) 原告は、独自の構想によつて、金融機関と提携し、原告の規格建物の建築工事請負契約者等のうち希望者に対してローン融資を斡旋し、建築代金等の確保を図ることとし、そのため、原告、保証保険会社、融資銀行の三者間において、予め、これに関する諸協定を結んでいる。(本件の場合、右融資銀行は群馬銀行〔以下本項においては「銀行」という。〕であり、保証保険会社は共栄火災海上保険相互会社〔以下同様「保証会社」という。〕である。)すなわち、

原告は、かねて、建築工事依頼者である注文者等が、銀行と締結する融資のための金銭消費貸借契約に基づく注文者等のローン返済の債務を担保するため、銀行を被保険者とし、保証会社と注文者間で契約する住宅ローン保証保険について「住宅ローン保証保険に関する覚書」、また、右覚書に基づく銀行の注文者に対する資金融資に関して「融資協定書」をそれぞれ作成しており、これらは、原告の不動産販売または規格建物建築工事施工等に当り、包括的に提携ローンの作用をしているが、これを通常「群銀ローン」と称している。

(二) 群銀ローンの趣旨とするところは、次のとおりである。

(1) 原告は、保証会社の保険により、総額金一億円の限度において、銀行の融資による資金を確保する。

(2) このためには、保証会社が注文者との間に、建築物件について担保権の設定登記をし、かつ、住宅ローン保証保険契約を締結することを要する。

(3) 右各条件成就の後、銀行は、注文者との間に生命保険付融資契約を締結し、これに基づいて、一定日時に融資の実行による資金貸付をし、原告の建築代金等に充当する。

(三) 右手続においては、前記覚書別紙二、「売買、融資および保険契約の手続にかかる事項」中、1「保険串込書等の送付」欄に、「乙(原告)は、丁(注文者)より、乙の販売する土地及び住宅について、甲(銀行)の融資付きの購入の申込みを受けたときは、次の書類を丁に整えさせ、点検の上、住宅ローン保証保険料を添えて丙(保証会社)に送付する。」、また、同6「登記」欄に「乙は、丁のための売買契約に基づく所有権移転または請負工事の完成による所有権保存登記および丙のための担保権設定の登記の事務を行ない、登記完了後その登記簿謄本の交付を受ける。」等とあるように、原告は、右融資について書類受渡の便宜を図ることはあるが、注文者から、その事務一切の手続代行の委託を受けるものではない。

このことは、工事請負契約書(甲第二号証)第一六条第一項に、「甲(注文者)が乙(原告)提携の金融機関より融資をうけて、本請負代金の一部に充当する場合、甲は、乙所定の借入申込書類に必要事項を記入し、その他融資に必要な書類一切について、遅滞なく乙または乙提携の金融機関に提出するものとする。」とあることからも明瞭であつて、原告の役割は受任ではなく、単なる取次か奉仕でしかない。

(四) 換言すれば、原告は、原告の規格建物の建築希望者がある場合、一部代金の支払について群銀ローンを勧めることはあるが、これはあくまで注文者の希望に添い、その利益を図るためのものであつて、契約の当事者が注文者と銀行であり、保証会社であることに変りはない。このことは、次の点からも明らかである。

(1) 群銀ローンの利用希望に接した場合、原告としては、まず、注文者の資力、信用等を調査したうえ、前記融資条件に合致していると判断した場合は、銀行及び保証会社に連絡して、前記諸協定に適合するかどうかを協議して、三者ともこれに適合すると認定して融資の方針を決定すれば、原告は、工事に着工することとなる。工事請負契約書第三条第二項に「当該金融機関の融資決定後、着工するものとする」というのは、この謂であつて、原告、銀行、保証会社間の内部協議によつて融資可能の判定後、つまり、融資の方針決定後着工するということである。

(2) また、融資には、「融資の申込」と「融資契約の締結」と「融資の実行」とがある。

「融資の申込」は、手続上代行可能であるが、「融資契約の締結」と「融資の実行」とは、当事者間のみの関係であつて、わずかに融資金の代理受領の場合があるが、その場合にも特別授権が必要である。

さらに、融資契約がされても、融資の実行がされない間は、契約の効力も発生しないし、保証保険、生命保険の効力も生じない。前記覚書第三条第二項にも「前項の住宅ローン保証保険は、融資金額を保険金額とし、融資実行の時から債務の弁済完了の時までのすべての期間について保険責任を負担するものでなければなりません。」と定められているし、注文者と保証会社との間に締結する「住宅ローン保証保険普通保険約款」第二条にも「保険責任の始期および終期」について「当会社の責任は、融資契約に基づく実行の時に始まり、債務の弁済完了の時に終ります。」と明記されてある。このことは、被告ら主張の団体生命信用保険の場合も同様であつて、保険給付は融資実行の時からであり、融資の実行がされない限り、生命保険給付もありえない。

(3) いずれにせよ、融資契約は、住宅ローン保証保険契約及び建物についての担保権設定登記が前提条件となるものであつて、これらがされない限り、融資契約は成立しない。したがつて、融資契約を成立させるためには、建物の建築完成及び保存登記が必要である。

(五) 以上の次第であるから、原告は、注文者との間に工事請負契約を締結した後、まず、注文者の資力、信用を調査して、前記ローン諸協定の条件に適合するかどうかを社内審査したうえ、銀行、保証会社と協議して融資の方針を決定し、建築確認申請の許可を得て着工するが、一方、注文者から融資申込に必要な書類の交付を受けて、これを保証会社に取次、回付することとなる。

かくて、建築完成引渡に併行して、提携ローンに必要な諸手続を進め、かつ、保証会社に対する担保権設定登記とローン保証保険契約の成立をまつて、注文者がみずから銀行に赴き、生命保険付融資契約を締結したうえ、その後の一定日時に融資の実行を受け、原告が建築工事残代金の支払を受けることとなる。なお、被告ら主張の団体信用生命保険は、注文者間の融資契約締結の際、銀行の指定する生命保険会社と銀行との間に締結されている団体信用生命保険契約の団体に注文者が新に所属し、その契約に加入するものであつて、上記の原告の提携ローンに含まれるものではない。

2  本件請負契約に伴う群銀ローンの融資手続の経過は、次のとおりである。

(一) 原告は、元吉と本件請負契約を締結する前に、同人の資力、信用状態について調査し、銀行及び保証会社と協議のうえ融資の方針を決定したので、昭和五〇年一二月三日、本件請負契約を締結した。なお、契約当初は、代金中七〇〇万円について群銀ローンを利用する予定であつたが、元吉の希望により、同人が昭和五一年四月、一〇月の二回にわたり、住宅金融公庫の融資申込をしたところ、いずれも落選となつたため、同年一一月以降あらためて群銀ローンの手続を進めることになつた。

(二) そこで、原告は、昭和五二年一月二八日、銀行から借入申込書用紙を受領し、同年二月初めころ、銀行から七〇〇万円借入の承認を受けた。ところが、元吉は、当初群銀ローン利用額を七〇〇万円とし、保証人を立てるということで申込んでいたのに、その後、融資額を六〇〇万円に減額し、かつ、保証人を立てないことを希望したので、原告は、同月一七日、従前受領していた借入申込書の他にあらためて元吉から借入申込書を受領し、同日、右借入申込書を保証会社に提出し、同会社を経由して同月二〇日銀行に提出し、最終的な借入申込を行なつた。

(三) そして、原告は、同月二一日、保証会社に対し、保証保険証券の作成を依頼し、元吉から、同月二四日登記関係書類を受領し、同月二七日ローン利用料等の七六万五四〇〇円の交付を受けて、同月二八日、これを保証会社に納入し、同年三月一四日、同会社から保証保険証券が原告に送付されてきたので、同月一五日、これを銀行に提出するとともに、元吉との間において、融資契約日を同月一七日、融資実行及び保証保険と団体信用生命保険の各効力発生日を同月二六日と定めたのである。なお、融資実行日は、翌月以降のローン返済日となるため、給与所得者である元吉の申出に従い、給料日後の二六日に定めた。そして、融資の実行には本件建物の保存登記及び担保権設定登記が前提条件となるため、保証会社が右各登記を融資実行日までに完了することになつていた。

3  1において述べたところから明らかなように、原告は、注文者である元吉から、銀行、保証会社及び生命保険会社との間に、それぞれ融資、ローン保証保険及び団体信用生命保険契約を締結するための代行事務の委託を受けたものではなく、また、本件請負契約その他によつても、元吉に代行して右各契約を成立させなければならない法律上の義務は全く存しない。

そればかりでなく、原告は、本件請負契約に基づいて、誠実に融資斡旋の手続を進める一方、忠実に工事を進行して、本件建物を完成引渡し、被告らは、これに居住して利益を享受しているのであつて、この間、原告には何らの義務懈怠はない。

第三  証拠<省略>

理由

一原告(請負人)と星野元吉(注文者)との間に、昭和五〇年一二月三日、原告の主張する内容の本件請負契約が締結され、その後、これについて追加工事等に伴う合意(但し、差額金の支払時期については争いがある。)が成立したこと、原告が、昭和五一年一一月二二日、本件請負契約に基づく工事に着手し、昭和五二年二月一〇日、本件建物を完成したこと、その未払残代金が五九七万円であること及び元吉が同年三月一七日死亡し、被告らがその共同相続人であることは、いずれも当事者間に争いがない。なお、その正確な日は明らかでないけれども、<証拠>によると、本件建物は、その完成した当日かその直後ごろ、元吉に引渡されたものと認められる。

二ところで、本件請負契約締結に際して、原告の担当職員が原告の提携ローンである群銀ローンの利用を勧め、そのため、元吉が本件請負代金の一部の支払のために、生命保険付の群銀ローンによる融資を受けることになつていたことも、当事者間に争いがないので、まず、群銀ローンなるものの一般的な仕組みについて検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  建設業者である原告は、自己の建築する規格建物(住宅)の販売に関して、特定の金融機関及び保証保険会社と提携して、注文者等のために住宅ローン融資を斡旋して、建築代金等の確保を図ることとし、そのため、昭和五〇年一〇月当時、原告、金融機関(本件の場合、群馬銀行がこれに当るが、以下原告の略称に従つて単に「銀行」という。)、保証保険会社(同様、共栄火災海上保険相互会社がこれに当るが、以下単に「保証会社」という。)の三者間において、右融資に関して「住宅ローン保証保険に関する覚書」及び「融資協定書」なる協定を結んでいた。

2  右協定において定められた融資実行に至るまでの手順は、次のとおりである。

(一)  原告が注文者から群銀ローンの融資付の購入申込を受けたときは、注文者に所要書類を整えさせたうえ、これに保証保険料を添えて保証会社に送付する。

(二)  保証会社は、右書類に基づいて注文者の信用調査を行ない、保証保険の引受を適当と認めたときは、右書類中にある住宅ローン借入申込書を銀行に送付する。

(三)  銀行は、融資の諾否を保証会社に通知し、融資承諾の通知があつたときは、保証会社は、住宅ローン保証保険証券を作成して原告に送付する。

(四)  原告は、右証券を受取つたときは、注文者との間に工事請負契約を締結する。

(五)  原告は、請負工事が完成して住宅を引渡す際、注文者に金員借用証書、その他所有権移転又は保存登記及び担保権設定登記に必要な書類等を提出させるとともに、必要諸費用の支払を受ける。

(六)  原告は、注文者のための所有権登記及び保証会社のための担保権設定登記の事務を行ない、その登記を完了させる。

(七)  原告は、保証会社に対し、住宅ローン保証保険証券、登記簿謄本、担保差入証等の書類を送付するとともに、火災保険料を支払う。

(八)  保証会社は、所定の担保権が設定登記されていることを確認したうえ、原告に対し、住宅ローン保証保険証券を送付する。

(九)  原告は、銀行に対し、金員借用証書及び住宅ローン保証保険証券を送付し、銀行は、注文者に対する融資を実行するが、その融資実行は、銀行から直接原告に対して借入金が支払われるという形で行なわれる。

(一〇)  なお、銀行と注文者との間の金銭消費貸借においては、注文者は、銀行の指定する生命保険会社(本件の場合、安田火災海上株式会社がこれに当る。)と銀行間に締結された団体信用生命保険契約(保険契約者―銀行、被保険者―注文者>に加入することに同意し、その保険契約額は借入相当額(借入金について内入弁済があれば、それに従つて減額される。)とする旨が約定されている。

他方、<証拠>によると、群銀ローンによる融資実行について、2の(一)から(九)の手順は、いわば建て前であつて、実際には、その手順が前後したり、省略されたりすることが多く、例えば、銀行としては、通常、所有権登記及び担保権設定登記のための書類が完備されている場合には、その登記が完了していなくても、融資契約を締結して融資を実行していること、また、群銀ローンに関する事務手続に関しては、銀行との間の金銭消費貸借契約締結等、特に、注文者本人の直接関与を要する事項を除いては、原告の担当職員が注文者に必要書類を整えさせたうえで、その代行をすることが多いことが認められる。もつとも、<証拠>中には、右後段の認定部分に反する個所があるが、にわかに採用しがたいし、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三次に、本件請負契約に関して実際に行なわれた融資手続の経過について検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  元吉は、かねて妻和子所有の土地約二六〇平方メートルの上に居宅を建築する希望を持つていたが、建築資金の全額を一時に支払う経済力がなく(同人は、当時東武鉄道株式会社の職員であつた。)、そのため、建築資金の大半を住宅金融公庫あるいは民間の住宅ローンによる融資によつてまかなうほかはなかつた。

2  原告の担当職員(その氏名は確認できない。)は、昭和五〇年一一月ごろから、元吉に対して、原告のダイワハウスニュー春日型の注文建築を勧誘していたが、その際、提携ローンである群銀ローンを利用すれば、生命保険付であるから、万一元吉が死亡した場合でも、遺族らは融資返済の必要がないし、群銀ローンによる融資の事務手続は一切原告において代行する旨を説明したので、元吉は、これを信じて、同年一二月三日、当初は請負代金中七〇〇万円について群銀ローンを利用する予定で、原告との間に本件請負契約を締結し、内金二〇万円を支払つた。

3  原告の内部においては、同月一七日、元吉の住宅ローン申込伺が承認された。

4  その後、元吉は、金利の安い住宅金融公庫からの借入を利用したいと考え、原告の了解を得て、群銀ローンの融資手続を留保してもらい、昭和五一年の四月と一〇月の二回同公庫に借入申込をしたが、ともに落選したので、改めて、同年一一月ごろ、請負代金中六〇〇万円について群銀ローンを利用する旨を原告に申入れ、同月一九日、中間金として一八九万三三〇〇円を支払つたので、原告は、同月二二日、本件建物の工事に着手した。

5 本件建物は、昭和五二年二月一〇日完成し、同日かその直後ごろ、元吉に引渡された(この点は、一に判示したとおりである)。

6  原告は、かねて銀行の借入申込書に元吉の調印を得ていたが、借入希望金額が七〇〇万円から六〇〇万円に変更されたので、新規の借入申込書に元吉の調印を求めたうえ、同月一七日、これを保証会社に送付した。そして、保証会社では、その借入を承認して、右借入申込書を銀行に送付した。

7  その後、元吉及び被告和子は、原告の担当職員の指示に従つて、同月中ごろから下旬にかけて、土地の権利証その他本件建物についての所有権保存登記及び担保権設定登記に必要な書類を整えて交付するとともに、請負代金内金四三万五四〇〇円その他の必要費用として合計七六万五四〇〇円を支払つた。

8  同年三月中旬ごろ、保証会社から原告に対し住宅ローン保証保険証券が送付されて来たので、原告の担当職員が銀行と打合せた結果、同月一七日に銀行と元吉間において金銭消費貸借契約を締結したうえ、同月二六日に融資を実行することに決まり、その旨を元吉に連絡した。

9  被告和子は、同月一七日元吉に代つて銀行に赴き、金銭消費貸借契約書に元吉名を、署名し、これに押印した。

10  ところが、元吉が同日急死するに至つたため、結局、銀行と同人間の金銭消費貸借契約は成立しないまま、融資実行も行われず、また、右契約に附随する団体信用生命保険契約も成立しなかつた。

以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

四そこで、上記認定の各事実に基づいて、被告ら主張の信義則違反の抗弁について判断する。

一般に、いわゆる住宅提携ローンとは、注文者(あるいは購入者)が、一定の条件のもとに、請負業者(あるいは販売業者)の提携先である特定金融機関から代金の一定割合内の金額の融資を受けることを指称し、最近においては、注文者の借入金債務について保証会社による保証保険制度が組合わされるものが多く、本件の群銀ローンによる融資も、これに該当する。

ところで、提携ローンは、自己の住宅取得について多額の資金を有していない注文者のために、長期の割賦弁済の方法を可能とすることによつて、その利益に資することはいうまでもないが、請負業者にとつても、代金の支払が確保されるとともに、金融機関との提携を利用して販路を拡げるという利益が存するものである。そして、請負業者が、いわゆる当業者として、提携ローン制度を種々構想し、かつ、多数の注文者との間に同種の取引を繰返すことによつて、自社の提携ローンに通暁しうる立場にあるのに対し、注文者の大部分は、生涯に一度か二度提携ローンを利用する位の者であることは、経験則上も容易に肯定される。

そうだとすると、提携ローンの利用を勧誘する請負業者としては、ローン手続に暗い注文者に対して、これに関する重要事項を告知することは勿論のこと(宅地建物取引業法四七条参照)、工事請負契約当事者の利害に関する事項については、将来起りうべき真実をありのままに、いかなる曖眛さもなく明瞭に説明する義務があるものといわねばならない。

本件において、元吉が、生命保険付の群銀ローンを利用することを前提条件として、本件請負契約を締結したものであり、しかも、同人やその家族にとつて始めて経験する住宅ローンであつたことは、被告和子本人の供述からも明らかであり、もし、それによる融資実行が不可能となる事態が予想されるならば、元吉やその家族らにおいて、本件請負契約の締結に応じなかつたであろうことも、推測にかたくないし、このことは、元吉を勧誘した原告担当職員も、十分了解していたものというべきである。

しかるに、原告の担当職員が、元吉らに対して、生命保険付の群銀ローンの効力が発生するのは、融資決定や融資契約申込の時点ではなく、現実に融資契約が成立してその実行がされた時点であることを文書又は口頭によつて明瞭に説明した形跡は全くなく、かえつて、何らの留保を付することなしに、万一元吉が死亡した場合でも、遺族らは融資返済の必要がない旨の説明をしていることは、先に認定したとおりである。また、本件請負契約の書面である甲第二号証を見ても、その第三条2には「前項の工事の着工は建築確認申請の認可後とする。但し、金融機関等の融資を併用する場合は、認可後といえども、当該金融機関の融資決定後着工するものとする。」、第一〇条1には「乙(請負人を指す。)は請負代金金額の支払完了又は融資併用の場合は、融資実行完了後、甲(注文者を指す。)に対し目的物の引渡をする。但し、融資併用の場合は、それに伴う関係書類一切を乙又は当該金融機関が受理済の場合に限り、乙は融資実行及び目的物の引渡に先だつて甲を入居させることができる。」、第一六条2には「前項の申込に対し金融機関より融資を受けられなかつたとき(中略)は、本契約は解除されたものとし……」の各条項が存するが、提携ローンの手続に無知である注文者にとつては、いずれも紛らわしく、理解に苦しむものといわざるをえないし、特に、本件のように、工事着工、完成、引渡までを受けた注文者が、たとえ融資実行が現実には未了であつても、その手続一切が実質上完了したものとして、融資契約から生ずるところの利益を十分享けられると考えるのは、むしろ当然のことであろう。

この点において、原告が本件請負契約締結に際し尽すべき説明義務を著しく懈怠していることは否定することができない。

さらに、二2の末尾において認定した通常の群銀ローンに関する事務手続及び三2において認定した原告の担当職員の説明をあわせると、元吉は、本件請負契約締結に際して、原告に対し、特に、注文者本人の直接関与を要する事項を除いては、右事務手続を代行することを委託したものとみるのが相当であり、しかも、弁論の全趣旨に照らすと、おそくとも本件建物工事に着手した昭和五一年一一月以降は、元吉は、原告の担当職員の指示に違背することなく、その都度書類を整え、かつ、費用も支払つていることが明らかである。

これに対して、原告が、昭和五二年二月一〇日、本件建物を完成して、そのころ元吉に引渡したうえ、おそくとも同月下旬までには、融資実行のために必要な登記関係等の書類を同人から受取つていることは、三の5から7に認定したとおりであるから、同年三月中旬になつてようやく銀行との間に融資契約及び融資実行の日取りを決めた(三の8)ということは、事務手続の代行を委託された請負業者としては、怠慢のそしりを免れない。先の<証拠>から明らかなように、銀行としては通常、登記のための書類が完備されていれば、その登記が未了でも、融資実行をしていたのであるから、もし、原告の担当職員が同年二月下旬中に融資契約のための代行事務を遅滞なく進めていたならば、元吉の死亡する同年三月一七日の前である同月六日、おそくとも前日の一六日(群馬銀行においては、融資日を毎旬六の日と定めていることは、<証拠>によつて認められる。)には、融資実行が実現し、したがつて、元吉の死亡があつても、生命保険契約額によつて本件請負代金残額は完全に補填されえたはずである。

この点においても、原告は、元吉から委託された代行事務を誠実に履行していたとはいえない。

五以上のように、その担当職員において、群銀ローンについての十分な説明義務を懈怠したばかりでなく、委託された事務手続をことさら遅滞したところの原告が、元吉の相続人である被告らに対して残代金の支払を請求することは、請負契約当事者間における信義誠実の原則に反するものであつて、許されない。

したがつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(橋本攻 一宮なほみ 並木正男)

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